奇岩・巨岩カシミール3Dで製作した山岳展望

千町の岩塊流・くじら石
千町林道から北へ分岐する支線に入ると千町段ヶ峰林道の未開通区間へ出ます。この分岐を舗装してある北側へ行くと倒木があり、それを越えた所が現在の林道終点となり、ここで兵庫県内最大(幅15~20m、全長600m)の千町の岩塊流と交差しています。苔におおわれた岩塊が尾根の頂上付近まで帯状に連なっています。この林道終点から岩塊流に沿って100mほど登ると鯨に似た巨岩があり「千町の岩塊流 奇岩・くじら石」と書かれた手書きのプレートがぶら下がっています。この岩のほかにも多数の巨岩がありますがプレートのあるのはここだけです。

岩塊流
岩流ともいう。主として角張った巨礫からなる多量の岩塊が斜面の最大傾斜方向あるいは谷に沿って流下したような状態で積み重なって出来た、ほぼ舌状の平面形を持つ地形で、氷期に凍結破砕作用で生産された岩屑が斜面下方へ移動し、後に細粒が流水によって除去されたために生じた地形とされる。
N35゚12'07"E134゚42'59"959m
千町の岩塊流
'06.8.27 千町の岩塊流
N35゚12'06"E134゚42'49"905m
倒木林道と交差
'06.8.27 倒木を越えると岩塊流と交差
N35゚12'04"E134゚42'54"925m
くじら石
'06.8.27 くじらに見える長さ7mの巨岩・くじら石
N35゚12'07"E134゚43'00"973m
岩塊流
'06.8.27 千町の岩塊流

ストーンサークル
(謎の石柱群)
ダルガ峰林道内にある看板地図にストーンサークルが載っているものの案内標識がなくて何処にあるのか謎でしたが、漸く見付ける事が出来ました。ダルガ峰林道のダルガ峰登山口の近くより分岐する支線G(大茅スキー場へ下る中国自然歩道ではありません)を下っていくと林道脇に十本程の石柱が集められていて、その奥にストーンサークルはあります。林道脇の石柱は伐採や林道工事で移動したのか倒れていたのを集めたものか不明です。
N35゚12'52"E134゚22'21"1065m
ストーンサークルストーンサークル
'05.8.2 ストーンサークル
石柱
'05.8.2 林道脇に横たわる石柱。奥にストーンサークル
N35゚12'51"E134゚22'21"1075m
上部の石群
'05.8.2 近くの崖上部の石群。これもストーンサークルと関係あるのか?

立岩・奥の院・賽の河原の大岩
N35゚31'48"E134゚16'14"323m
立岩
'06.12.23 帝釈天が降り立ったという立岩と石仏群
N35゚31'49"E134゚16'14"325m
帝釈天石像
'06.12.23 帝釈天石像
N35゚31'49"E134゚16'13"323m
木株の彫刻
'06.12.23 天然じゃなく彫刻物
立岩は鳥取市の摩尼山南峰の帝釈山山頂の傍にある、摩尼寺の信仰の中心で帝釈天が降り立ったという伝説のある大岩です。昭和18年に転落したまま放置されていた帝釈天石像は運び上げ修復されています。以前は岩に登れるようになってましたが登頂は禁止となり、その代わりに帝釈山山頂が展望所として整備されています。すぐ北側の峰が摩尼山ですが山頂へは登山道もなく展望もないそうです。この付近一帯は「まにやま・たていわ復古プロジェクト」により整備が進んでいますが、摩尼寺の私有地につき参拝目的以外での入山は事前に社務所へ届け出て許可を得てください。
N35゚31'46"E134゚16'17"269m
奥の院
'06.12.23 奥の院。これは天然岩。中には五輪塔が祀られる
N35゚31'46"E134゚16'17"260m
賽の河原の大岩
'06.12.23 本殿跡より賽の河原の大岩
N35゚31'46"E134゚16'17"260m
石仏
'06.12.23 賽の河原の石仏

正覚石
鷲峰山山頂近くにある安山岩です。釈迦がその上で悟りを開いた岩になぞらえて正覚石と呼ばれています。
N35゚25'22"E134゚02'38"910m
正覚石
'04.10.18 正覚石

檜蔵とツルアジサイ
'05.6.21 檜蔵とツルアジサイ
檜蔵
扇ノ山姫路コース登山道にある大岩です。
N35゚26'03"E134゚26'13"1129m
檜蔵よりの展望
'05.6.21 檜蔵より青が丸方面の展望。この右が氷ノ山だが立ち木が邪魔

甑岩氷ノ山登山道にある有名な大岩です。
N35゚21'17"E134゚30'39"1403m
甑岩
'03.10.27 甑岩
N35゚21'17"E134゚30'39"1403m
甑岩より扇ノ山
'03.10.27 甑岩より扇ノ山・青が丸・仏ノ尾の展望

N35゚23'19"E134゚53'51"179m
竹ノ内隕石落下地記念碑
'04.7.19 竹ノ内隕石落下之地記念碑
竹ノ内隕石
明治18年(1880)2月18日午前5時30分頃、竹ノ内の岩田佐二郎氏の土蔵の壁に激突・落下した718gの隕石は回収されて竹ノ内隕石と命名された。日本に落下した隕石では落下時、落下地点、現物が明確な最古のもので、化学分析された日本最初の隕石です。この石碑は竹ノ内隕石落下100年を記念して建立されたもので、落下地はこの碑の前の田の中で落下当時の家は現存していない。現在竹ノ内隕石は国立科学博物館と日本地質調査所に分割保管されている。

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